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東京高等裁判所 昭和30年(行ナ)49号 判決

原告 A

被告 日本弁護士連合会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が昭和三十年十月二十六日原告に対してなした原告を戒告する旨の懲戒処分を取り消す。原告を懲戒しない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり陳述した。

(一)  原告は、福井弁護士会所属の弁護士であるところ、同弁護士会は、原告に(1)二個の法律事務所設置、(2)事務員の無許可使用、及び(3)弁護士法第二十五条第二号違反の所為ありとして昭和二十九年十二月十一日原告に対し十日の間弁護士業務の停止を命ずる旨の処分をなし、同日その旨原告に対し通知した。原告は、右処分を不当とし、同年同月二十三日被告に対し異議の申立をなしたところ、被告は、右(1)(2)の事実については、原告の主張を容れ、これを懲戒の事由となすことはできないとなしたが、(3)の事実については、原告が松田登からその実弟松田広所有名義の山林に関し野村重三外二名との間に生じた山林不法伐採紛争事件について相談を受け、その際現場の状況、隣接地境の関係、紛争の状態等を相当詳細に聴取して記録し、これが対策として伐採禁止の仮処分と土地の境界確認の訴を提起すべきであると法律上の判断を与えて賛助しながら、その後において右野村重三外二名の委任を受けその代理人として右紛争事件につき右松田広を相手方として妨害行為排除の仮処分及び山林所有権確認並びに妨害排除請求の訴を福井地方裁判所大野支部に提起したことは、弁護士法第二十五条第一号前段に違反するものであるとなして、昭和三十年十月二十六日原決定を変更し原告を戒告する旨の決定をなし、同日その旨原告に対し通知した。

(二)  しかしながら、右懲戒処分は、事実を誤認したかまたは法律の解釈を誤つたものであつて、原告は、到底これに承服することはできない。すなわち、

(1)  本件における事実は、昭和二十八年六月二十七日夜福井県大野市の原告の自宅にそれまで面識のなかつた松田登が訪ねて来て、同人が実弟松田広名義で所有する同県大野郡富田村蕨生山林の杉立木を坪井製材所の人夫がほしいままに伐採搬出をしているので、何とかしてこれを差し止めるようにしていただきたいというので、原告は、同人から事情を聴取したところ、坪井製材所は隣地の所有者である野村重三、山形甚吉外一名から該立木を買い受け伐採中であること、及び山林境界に争いのある事件であることがわかつたので、松田登に対し、それを差し止めるには所有権確認の本訴を起し伐採及び搬出禁止の仮処分を求めるよりほかないが、自分は、野村重三とは先代以来懇意にして居り、山形甚吉とも知合の間柄であるので、同人らに関係のある事件を引き受けることは困るといつて、即時右事件の受任を謝絶し、松田登は辞去したが、その際原告は、同人から鑑定料名義で金五百円を受領した、というのがその真相であつて、このように境界の争いを伴う立木の伐採搬出を差し止めるため所有権確認の訴を提起し仮処分を求める方法をとることは、この種事件を通じひろく一般に行われるところであるから、原告が事情聴取の過程においてこのことに言及したからといつて、恰かも弁護士が無料法律相談ないし新聞紙の法律相談欄においてこの種意見を述べた場合とひとしく、協議を受けて賛助したことにはならない。また鑑定料は、必ずしも弁護士が事件に対する判断対策等に関して意見を述べた場合のみにその報酬として授受するものとは限らず、いやしくも協議に応じた以上、事の軽重難易を問わず事件を受任しない場合は、これによつて費した時間ないし専門知識に対する謝礼の意味において授受することもまた通常行われておるところであり原告もまたこの趣旨において前示金五百円を受領したのであるから、右金員の授受の事実があるからといつて原告が賛助したものとなすのはあたらない。本件において賛助の事実は全くなかつたものである。

(2)  弁護士法第二十五条第一号第二号は、いずれも弁護士の信用を確保し併せてその品位の向上を期するため信頼を裏切る行為を抑制せんとする趣旨に出たものであるから、第一号にいわゆる「賛助」は、第二号と同じく信頼関係を本旨とするものといわなければならない。しかるに、本件においては、原告は、事情聴取の過程において提訴仮処分に関する意見を述べたが、これと同時に自分は関係者と昵懇の間柄にあるため事件の依頼には応じ難いとてその依頼を謝絶したものであるから、原告と松田登との間にはいわゆる信頼関係を生ずる余地はなかつたのである。さればこそ松田登は、原告から事件の受任を謝絶せられるや、大野市在住の稲垣源次郎弁護士を訪ね、また岡田和夫弁護士方に赴いて、同様の依頼をなしたのであり、また原告を信頼せずその意見に従う意思もなかつたので、今日まで仮処分の申請もせず、所有権確認の訴も提起していないのである。このような状況の下において原告がたまたま前示意見を述べたからといつて賛助したことにならず、従つて後日反対当事者たる野村重三外二名から事件を受任することは差支ない訳で、毫も松田側の信頼を裏切つたことにはならないのである。

(3)  反対に被告判定のように原告が前示意見を述べたことがいわゆる「賛助」にあたるとするならば、弁護士は、事件の依頼に来た者から一応事実を聴取し、その対談中若干の意見を述べた以上、同時に事件の依頼を謝絶した場合でも、最早反対当事者の代理人となることができなくなるのであつて、かくては弁護士の業務上の自由は第三者の意思により著しく制限せられ、極端の場合、悪質の依頼者から反対当事者の代理人たることを妨げる手段として悪用せらるるの不合理に陥るであろう。もつて被告の判定の正当ならざる所以を知るべきである。

(4)  このように、本件においては、原告に賛助の事実なくまた賛助したといい得ないのであるから、その後において原告が野村重三外二名の委任を受け、その代理人として本件紛争事件に関し松田広を相手方として妨害行為排除の仮処分及び山林所有権確認並びに妨害排除請求の訴を福井地方裁判所大野支部に提起したことは事実であるが、かかる事実あればとて弁護士法第二十五条第一号前段に違反するものということができず、原告は右事由に基き懲戒を受けるいわれはないのである。

(三)  本件はひとり原告一個の問題に止まらず、ひろく一般に弁護士のこの種の場合に処すべき方途すなわち相手方の協議を受けてなしうべき活動範囲の正当性の限界を明確にすることは弁護士業務の遂行上重要なる指針となるべく、殊に少数の弁護士しか在住しない地方にあつては相手方から協議を受ける場合も往々あるので、ここにあえて本訴請求に及んだ次第である。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として次のとおり陳述した。

(一)  原告主張の(一)の事実は認める。(二)の事実中、被告の判定に反する事実は否認し、その法律上の主張に対しては反対する。

(二)  仮に本件における事実の真相が原告主張のとおりであるとしても、原告は、松田登から相談を受け、事件の判断、対策等につき意見を述べたのであるから、弁護士法第二十五条第一号前段にいわゆる「賛助」をなしたものというべきである。

(三)  原告は、境界の争いに伴う立木の伐採搬出禁止の仮処分及び所有権確認の訴訟の如きは法規上疑点のないところであるから、その方法を告げても賛助にはならぬ、と主張するが、専門的知識を有する弁護士として疑義のないところであつても普通一般の人より協議を受け、事件の経緯を聞き、右の意見を開陳したことは、帰するところ、事件に対する法律上の判断をなし、その対策につき意見を述べたものに外ならぬのであつて、賛助たるを失わないものである。

(四)  原告は、また、松田において右保全方法等に関する原告の言辞を受け入れる意思がなかつたものだから賛助にならぬ、と主張するが、協議をなす者において、弁護士の該事件に対する判断及びその対策を受け入れる意思があつたか否か、またその判断及び対策に基いてその後行動したかどうかは、いわゆる「賛助」の成立には関係のないものである。

(五)  弁護士法第二十五条は、弁護士の職務の公正なる執行を期待し、当事者はもちろん社会からも疑惑をもつてみられ、不信用を招くおそれある行為を禁止したものであるから、原告において松田登より協議を受けこれに賛助する行為があつた限り、その相手方である野村重三らより同一事件の委任を受けてその職務を行うべきでなく、たとい在住弁護士が少数であつても法律の精神は尊重すべきものであつて、原懲戒処分は適法である。

(証拠省略)

理由

被告が原告の異議申立により昭和三十年十月二十六日、さきに福井弁護士会が原告に対してなした懲戒処分を変更し、原告を戒告する旨の決定をなしたこと、その他原告主張の(一)の事実はすべて当事者間に争ないところである。

原告は、右被告のなした懲戒処分は、事実を誤認したかまたは法律の解釈を誤つたものであつて、不当である、と主張する。なる程、事実の点については、原告が松田登から受領した金五百円の趣旨その他において被告の判定と原告の主張と多少の喰い違いがない訳ではないが、少くとも、原告が昭和二十八年六月二十七日夜福井県大野市の自宅において松田登からその実弟松田広所有名義の山林の立木を不法に伐採搬出する者があるので、これを差し止めるよう相談を受けたこと、そこで事情を聴取した結果、右紛争は右山林の隣地の所有者である野村重三外二名との間にからまる山林境界の争に基因するものであることを知り、松田登に対し、右伐採搬出を差し止めるには、所有権確認の本訴を起し伐採及び搬出禁止の仮処分を求めるよりほかないといつて、その方法を教示したこと、その後において原告は右紛争の相手方である野村重三外二名から右紛争事件に関し委任を受け、その代理人として、松田広を相手方として、福井地方裁判所大野支部に対し、妨害行為排除の仮処分の申請をなしまた所有権確認並びに妨害排除請求の訴を提起したことは、当事者間に争ない事実であつて、原告が事実の真相であるとして自認するところでもある。

被告は、事実関係が右のとおりであるとしても、原告が松田登から相談を受け伐採搬出禁止の法律上の手段を教示したことは弁護士法第二十五条第一号前段にいわゆる「賛助」にあたる、と主張する。もし被告の右見解を是なりとするならば、原告は、最早右事件に関し反対当事者である野村重三外二名の代理人としてその職務を行うことのできないことは当然であつて、原告があえてこれを行つたことは、同条の禁ずるところを犯したものというのほかない。よつてしばらく事実関係を右のとおりとして、それが果して「賛助」に該当するかどうかを審究する。

弁護士は、社会における自由の指導者であり、秩序の擁護者である。人権を擁護し正義を実現することは、弁護士の崇高なる使命である。従つて弁護士は、名誉を重んじ信用を維持するとともに、常に品位を高め、教養を深めることに努めなければならないことは、当然であつて、被告が昭和三十年三月三十日「弁護士倫理」を制定して弁護士として遵守すべき諸種の規律を定め、これを弁護士の自律ないし内部規範となしたことはこの弁護士の使命と職責を達成せんがためであり、弁護士法第五十六条が同法または所属弁護士会もしくは日本弁護士連合会の会則に違反し、所属弁護士会の秩序または信用を害し、その他職務の内外を問わずその品位を失うべき非行のあつた弁護士に対し懲戒をもつて臨んでいることは、峻厳なる手段をもつてこの弁護士の道義を維持せんがためである。弁護士たるものは、須臾もこれを忘れてはならないのである。そして弁護士法第二十五条は、弁護士の職務の公正なる執行を期待し、当事者はもちろん社会からも疑惑をもつてみられ不信用をまねく恐れのある行為を禁止したものであつて、同条第一号前段は、当事者の一方から相談を受けてその事件の処理につき賛成援助しておきながら、後日その反対当事者の代理人となつて職務を行うことは、当事者を裏切ることになり、弁護士の信用保持の上からいつても好ましくないので、これを許すことができないとなしたのである。従つて、原告が松田登から前示の如く相談を受けてその事情を聴取した上前示伐採搬出禁止の法律上の手段を具体的に教示したことは、他に特段の事由のない限り、同条第一号前段にいわゆる「相手方の協議を受けて賛助し」たものとなすのが相当である。

原告は、本件のように境界の争いを伴う立木の伐採搬出を差し止めるため所有権確認の訴を提起し伐採搬出禁止の仮処分を求めることは、ひろく一般に行われるところであるから、原告が事情聴取の過程においてこのことに言及したからといつて、賛助したことにはならない、と主張するけれども、いやしくも具体的事件について相談を受けてその対策について意見を開陳した以上、たとい原告の教示した方法が周知のものであつたとしても、賛助たるに妨げないものであつて、弁護士が無料法律相談所において、また新聞紙の法律相談欄において、相談を受け意見を開陳した場合であつても、もし当事者を特定明示し、具体的事件について具体的処理方法を教示したとするならば、当然賛助したものとなるべく、殊に本件において松田登の原告に対して求めたところは、立本の伐採搬出差止の具体的方法であり、これに対して原告は前示方法を教示したのであるから、事情聴取の過程においてたまたまこのことに言及したという訳にもゆかず、原告の右主張は理由がない。

次に、原告は、弁護士法第二十五条第一号前段にいわゆる「賛助」たるためには、依頼者と弁護士間に信頼関係の存在することを必要とするところ、本件において右信頼関係はなかつたと主張する。なる程、弁護士法第二十五条第一号第二号はいずれも依頼者の弁護士に対する信頼関係を考慮に入れた規定ではあろうが、第二号の場合は、依頼者から協議を受けたが賛助せず、またその依頼を承諾しなかつた場合であつて、従つてこれにあたるためには具体的な信頼関係の存在を要求しているものというべく、これに反し、第一号の場合は、依頼者から協議を受けて賛助し、またはその依頼を承諾した場合であつて、右賛助、承諾により一般的に依頼者の弁護士に対する信頼関係が発生することはもちろんであるから、この当然の事理に立ち、いやしくも一たん賛助承諾した以上、依頼者が弁護士に対していかなる程度において信頼の念を抱いていたかということに関りなく、その事件について依頼者の反対当事者のため職務を行うことができないとなしたのであつて、従つて個個具体的の場合に、依頼者と弁護士との間に果していかなる程度の信頼関係が発生したか、依頼者は、弁護士に対していかなる程度の信頼をよせていたか、弁護士の賛助を受け入れる意思があり、その指示どおり行動したかというようなことは、詮索吟味する必要はないものというべく、本件において仮に松田登が原告に対して信頼の念を抱かず、その賛助を受け入れる意思なく、また原告の指示どおり行動しなかつたからといつて、これをもつて賛助たることを妨げる特段の事由となすことはできず、原告の前示所為はなお賛助たるを失わないものである。この点において、当裁判所は、被告の見解に賛成するものであり、原告の所論は、弁護士法第二十五条第一号が当事者の利益保護の目的を有することのみに着目して同時に弁護士の信用を維持し品位を高めんとするものであることを忘れた議論であつて、採用することができない。もつとも成立に争のない甲第二ないし第四号証、第七号証によれば、原告は、松田登に対して自己と野村重三、山形甚吉との関係を告げて即時事件の受任を謝絶したこと、並びに後日野村重三外二名から本件事件を受任するについては多少躊躇したことが認められるのであるが、右受任謝絶の所為は、原告としてまことに機宜を得た措置であつて、受任を謝絶する位ならば、野村重三らに関係のある事件であることがわかつたときに相談を打ち切るか、少くとも伐採搬出差止についての意見の開陳をさしひかえるべきであつて、あるいは時の勢でもあつたのであろうか、協議に深入し、具体的手段を教示し、さらにあるいは厳密なる意味において鑑定料でなかつたのであるかも知れないのであるが、ともかくも金員を受領したことは、原告のため惜むべきところであつて、事既にここにいたつた以上は、止むを得ないこととして後日の野村重三らの事件委任を謝絶すべきであつたのである。

あるいはこのように厳格に解釈するときは、弁護士の業務の自由は阻害せられ、この規定を悪用する者も現れるべく、また少数弁護士しか在住しない地方にあつては訴訟事務遂行の上において多大の困難を伴うであろうと論ずる者もあるべく、原告は、現にこのように主張しているのであるが、なる程そのおそれは絶無ではないであろうが、これらは、弁護士が細心の注意と周到なる考慮をもつて依頼者と相い対し協議に臨むことによつて避けることを得べく、かかるおそれあることの故をもつて折角の法律の精神を無視するような解釈をとることは、当裁判所のとらないところであつて、弁護士たる者は、よろしく弁護士道のきびしさを痛感し、ひたすらこれにたがわざるよう精進すべきである。

以上説明のとおりであつて、本件事実関係が原告主張のとおりであるとしても、他に特段の事由と認めうべき事由のない本件においては、その原告の所為が弁護士法第二十五条第一号前段に違反するものであることは論なく、被告が右事由に基き原告を懲戒するを相当として原告を戒告する旨の処分をなしたことも、本件事案に照し著しくその裁量を誤つたものということができないので、結局被告のなした本件懲戒処分は正当であるというのほかない。

よつて右懲戒処分の不当なることを前提としてなした原告の本訴請求はすべて理由なしとして棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 安倍恕 大江保直 久礼田益喜)

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